序章:青空の下で、張りつめた11イニング
10月9日、ロサンゼルスは完璧な秋晴れだった。
灼けるような日差しの下、ドジャーススタジアムに詰めかけた満員の観衆は、昼の光と同じくらいまぶしい緊張の中でその瞬間を待っていた。
ナショナル・リーグ地区シリーズ(NLDS)第4戦。
ドジャースが勝てばリーグ優勝決定シリーズ(NLCS)進出が決まる。
フィリーズが勝てば最終第5戦へ──その境目に立つ一戦は、まるで夏の終わりを告げる太陽のように、じりじりと長く、息苦しいほどの投手戦となった。
6回までゼロが並ぶ、完璧な均衡
先発はドジャースのタイラー・グラスナウと、フィリーズのクリストファー・サンチェス。
ともに6回まで被安打わずか2本。
初回のピンチをグラスナウが三振で切り抜けると、以降は一度も走者を二塁に進ませなかった。
サンチェスもまた、淡々と打者を打ち取る。
両軍のベンチは静まり返り、スタンドのファンは帽子を目深にかぶったまま、
ただ投球の一球一球に息を合わせていた。
昼下がりの陽光が、ダイヤモンドの白線をまぶしく照らしていた。
七回、流れが変わる──シーアンの痛恨エラー
試合がわずかに動いたのは七回。
ドジャース2番手のエメット・シーアンが登板し、先頭打者リアルミュートに安打を許す。
続くマックス・ケプラーの内野ゴロはダブルプレーかと思われたが──
一塁カバーに入ったシーアンがまさかの捕球ミス。
白球はベンチ横へ転がり、ケプラーは二塁へ。
その直後、ニック・カステヤノスがタイムリー二塁打を放ち、
フィリーズがついに1点を先制した。
ドジャーススタジアムに一瞬、重苦しい空気が漂う。
ベッツの押し出し四球で同点──“我慢”の野球
だが七回裏、ドジャースがすぐに反撃した。
アレックス・コールが四球で出塁し、キケ・ヘルナンデスがつなぐ。
ここで登板したのはフィリーズの守護神ヨアン・デュラン。
2死満塁の場面、ムーキー・ベッツがフルカウントから押し出し四球を選び、
ドジャースがようやく同点に追いついた。
打線は湿っていても、粘りだけは失わなかった。
スコアは1−1。
太陽はまだ高く、観客の誰もが「この試合は長くなる」と感じていた。
八回から現れた“新たな支配者”──佐々木朗希
八回、ベンチの奥から現れた若き右腕。
佐々木朗希(23)。
クローザーではなく、リリーフとしてマウンドに立つのは、メジャー移籍後でも異例のことだった。
しかし、その投球は静かに完璧だった。
フォーシームは常時100マイルを超え、フォークは鋭く沈む。
フィリーズ打線は三者凡退を繰り返すしかなかった。
彼は八回から延長十回までの3イニングを完全投球。
被安打ゼロ、無四球、2奪三振。
太陽が西に傾き始めた頃、球場全体が彼のリズムに支配されていた。
試合後、彼は静かにこう語った。
「健康でここに戻ってこられたことに感謝しています。
ゾーンで勝負できるようになってきた。今は、自分の球を信じて投げるだけです。」
その言葉どおり、彼の表情には一切の焦りがなかった。
「無心」──というより、「準備された静けさ」と言った方が正しい。
延長十一回、決着──焦りが招いた一球
そして迎えた延長十一回裏。
2死満塁の場面で打席にはアンディ・パヘス。
代打マンシーのヒット、キケの四球でつながったチャンス。
パヘスのバットが折れる音がした瞬間、球場が静まった。
ボールは転がり、マウンド上のフィリーズ5番手オリオン・カークリングが処理に向かう。
だが、その送球は大きくそれた。
三塁走者のキム・ヘソンがホームへ滑り込む。
捕手リアルミュートのミットをかすめてボールはバックネットへ。
2×−1、ドジャースのサヨナラ勝利。
歓声が爆発した。
昼の太陽がようやく沈み始めるころ、スタジアムは青と白の波で揺れた。
試合後──静かなる歓喜の中心に
ロッカールームではシャンパンファイト。
監督ロバーツは声を上げた。
「ローキにカンパイだ!」
佐々木は少し照れた笑みを浮かべた。
「まだシーズンでは何もできていない分、ここで貢献できたことが嬉しい」と語る。
メジャーの大舞台で、彼は確かにチームの一員として存在感を示した。
次なる舞台へ
この勝利でドジャースはシリーズ3勝1敗とし、NLCS進出を決定。
対戦相手は、カブス対ブルワーズの勝者。
太陽の下で始まり、夕暮れに終わったこの試合。
その中心には、光のように静かに燃える右腕がいた。
佐々木朗希。
“支配する”という言葉が、これほど似合う投手も珍しい。
コメント