唯心論と唯物論の話が、喫茶店で始まった理由

店をやっていると、いろんな人と話す機会がある。
何気ない会話なのに、あとから妙に心に残るやり取りも少なくない。

今日書いておきたいのは、そんな一人との話である。

その人と知り合ったのは、店を始めたばかりの頃だった。鞆で、姉の同級生が営んでいる喫茶店に立ち寄ったとき、たまたま居合わせたのが最初の出会いである。

それからいつの間にか、彼はうちの店の常連になった。年は二十以上離れているが、気づけばプライベートでもいろいろ助けてもらうことがあり、今ではずいぶん心強い存在だ。少し気難しいところもあるが、そんな話もどこか楽しそうに聞かせてくれる、憎めない人でもある。

僕には行きつけのカフェがある。
コーヒーとデザートが専門の、小さくて静かな店だ。買い出しの途中、時間が許せば立ち寄る場所で、特別な用事がなくても自然と足が向く。

その日、駐車場に見慣れた車が停まっていた。

「ああ、いるな」と思った。案の定、カウンターにはその人が座っていた。
このカフェの店主も同じ頃に知り合った人で、僕を入れたこの3人の関係性はもう15年以上続いている。

店内は比較的静かだった。
カウンターのすぐ後ろには六十代くらいのマダムが三人、少し離れたテーブルには若い人が三人。彼の声は騒がしいほどではないが、店内では少し目立つ音量だった。

そのとき、聞き慣れない言葉が耳に入ってきた。

「唯心論」「唯物論」。

哲学用語らしいそれを、彼はマスターに向かって話していた。

正直に言えば、少し意外だった。
この人は真面目な話もするが、だいたいは映画の話か、冗談まじりの世間話で笑っている印象の方が強い。そんな彼が、この店で、しかもマスター相手に哲学の話をするとは思っていなかった。

興味が湧いた。
五十を過ぎてから、自分の知らないことに対する抵抗が減った。若い頃は難しい話が苦手で、わからないものには近づかないようにしていたが、今は少し違う。知らないなら、聞いてみればいいと思えるようになった。

「それって、どういうものなんですか」

そう言って、話の輪に入った。

彼は一応、唯心論と唯物論についてざっくり説明してくれた。
世界の根本が「心」にあると考えるのが唯心論で、「物」にあると考えるのが唯物論だ、というような話だったと思う。ただ、その説明はあまりに簡潔で、正直よくわからなかった。

そこで僕は、素朴な質問をした。

「魂を信じる人は唯心論で、死んだら終わりだと思う人は唯物論なんですか?」

返ってきた答えは、僕の予想とは少し違っていた。
宗教や信仰の話とは別で、世界をどう捉えるかの立場の違いなのだ、ということらしかった。

例えとして出てきたのが、初代『ウルトラマン』の最終回だった。

出典:note

ゼットンに敗れたウルトラマンが、何もない空間のような場所でゾフィーと会話するあの場面。あの世界は現実なのか、意識の中なのか――そういう話だったようなのだが、結局、僕もマスターもよく理解できないまま、その話は五分ほどで終わった。彼は次の用事があると言って、店を出ていった。

中途半端なまま残された感覚だけが、妙に引っかかった。


二日後の朝、小学校の旗振り(交通指導員)の時間に、彼がやって来た。
彼は鞆に住んでいるわけではないが、実家があり、朝早くこちらに来ては、あちこちの行きつけの店を回るのが習慣になっている。

思い切って聞いてみた。

「この前の唯心論と唯物論の話、もう少し教えてほしいです。その前に、どうしてあの店であんな話をしようと思ったんですか?」

返ってきた答えは、少し拍子抜けするようなものだった。

「あのとき後ろに、マダムが何人か座ってたの気づいてた?なんかスピリチュアルな話をしてたんよ」

彼は、哲学が好きだから話していたわけでも、マスターに教えたかったわけでもなかった。ただ、後ろの席の人たちに少しは自分の存在を意識してもらえたら、くらいの気持ちだったらしい。

「ちょっと難しい話でもしておけば、こっち向いてくれるかなと思ってね」

そう言って、悪びれずに笑っていた。

思わず確認した。

「要するに、“自分はちょっと教養があるんだぞ”って見せたかったんですか?」

「まあ、そんなもんよ」

そう言ってまた笑った。

一瞬、呆気に取られたが、すぐに「ああ、この人らしいな」と思って僕も笑った。そんな話をしながら、二人で通学中の小学生に挨拶をした。

真面目な話もするし、映画の話もできる。年齢が離れていても対等に話し、こちらの意見もちゃんと聞いてくれる。そして何より、口が堅い。そういうところがあるからこそ、こうして長い付き合いになっているのだと思う。

唯心論と唯物論について、結局僕は完全に理解したわけではない。
だが、それでいい気がしている。

店をやっていると、立派な言葉を使う人も、冗談ばかり言う人も、みんな結局は人間らしい動機で動いているのだと感じることがある。
そして、その人間くささがあるからこそ、また会いたくなるのだと思う。

朝から、なんだかいい話を聞いた気がした。
だから、こうして書き残しておくことにしたのである。

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