序章:赤く染まる球場で始まった第1戦
10月4日(日本時間5日)、シチズンズ・バンク・パーク。4万5千人を超える観衆が真紅に染まり、フィラデルフィアの夜は異様な熱気に包まれていた。
そのマウンドに立ったのは、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平。ポストシーズン初登板となる彼は、立ち上がりから100マイル近い速球を連発し、敵地の雰囲気を切り裂いてみせた。
対するフィリーズの先発はクリストファー・サンチェス。ウィーラー不在の穴を埋めてきた左腕で、序盤は完全に主導権を握るピッチングを展開していた。
二回、リアルミュートの一撃と“痛恨のミス”
試合が動いたのは二回裏。大谷は制球を乱し、ボームへの四球とマーシュのヒットで無死一、二塁。
続くリアルミュートが100マイルの速球を右中間へ強烈に弾き返した。
右翼を守っていたテオスカー・ヘルナンデスは、この打球を処理しきれず、ボールはフェンスまで転がった。
本来なら二塁打で止まる当たりが、2点タイムリー三塁打に。さらにベイダーの犠牲フライで3点目が入り、ドジャースは序盤から追う展開となった。
その場面では、テオスカーの守備が怠慢に見えたという声もあった。
だが試合後、ロバーツ監督はその見方を否定し、「彼は全力でプレーしていた。難しいバウンドの中で判断を誤っただけ」と擁護している。
後の展開を思えば、このエラーが彼にとって“贖罪の炎”を生むきっかけだった。
大谷の修正力、エースの矜持
3点を失って以降、大谷は別人のような投球を見せた。
投球フォームを微調整し、スプリットとスライダーを軸にフィリーズ打線を沈黙させる。
その後4イニングで被安打わずか1。ターナー、シュワーバー、ハーパーの上位陣を完全に封じ込めた。
最終的に大谷は6回を投げて9奪三振、3失点の力投。
序盤の不運を立て直し、試合を“まだ終わっていない”という空気に変えた。
そして、ダグアウトのムードがわずかに前向きに傾いた六回、ドジャースの反撃が始まる。
六回の突破口、キケの二塁打で息を吹き返す
六回、フリーマンの四球とエドマンのヒットでチャンスを作ると、打席には“10月男”キケ・ヘルナンデス。
ポストシーズンに強いこの男が、サンチェスの甘いスライダーを捉えてレフト線へ。
二者が生還し、スコアは3対2。
ドジャースベンチに久々の笑顔が戻った瞬間だった。
この一打が試合の流れを完全に変え、球場全体の空気が揺らぎ始めた。
七回、テオスカーの“贖罪の3ラン”
七回、フィリーズは2番手ロバートソンがピンチを招き、ストラムにスイッチ。
無死一、二塁の場面でストラムはまず大谷を空振り三振に仕留め、続くベッツも打ち取って2アウト。
誰もがこの回の火消し成功を確信したその瞬間だった。
2回に失策を犯したテオスカー・ヘルナンデスが、ストラムの外角高めの速球を完璧にとらえ、右中間スタンドへ叩き込んだ。
逆転の3ラン。ドジャース・ベンチは総立ちとなり、静まり返るフィリーズファンの中で、歓声だけが青く響いた。
試合後、テオスカーは「ミスをした後、すぐに忘れようとした。もう一度チームを助けたかった」と語った。
ロバーツ監督も「彼はこのチームのハートだ」と讃えた。
エラーを犯した男が、そのバットで勝利を奪い返す。まさに“贖罪”の一打だった。
終盤の守護神たち:ベシア、そして佐々木朗希
八回、ドジャースはリリーフにグラスノーを投入したが、フィリーズ打線が粘って満塁のピンチ。
ここでマウンドを託されたのは左腕アレックス・ベシア。代打ソーサをセンターフライに打ち取り、絶体絶命を切り抜けた。
そして九回、マウンドには若き剛腕・佐々木朗希。
最速101マイルの直球で押し切り、メジャー初セーブを記録した。
勝利投手・大谷翔平、セーブ・佐々木朗希──日本人投手が先発勝利とセーブを同じ試合で記録するのは史上初。
この夜、フィラデルフィアの空に刻まれた数字は、日米野球史の新しい1ページだった。
終章:立ち上がるための試練
ドジャースは5対3で逆転勝利。だが、試合後のロッカールームに浮かれた様子はない。
「これは始まりにすぎない」と大谷は静かに言った。
このままの勢いで第2戦はスネル、第3戦は山本で3戦スイープと行きたいところだが・・・
一方のフィリーズは、ホームの“赤い熱狂”の中で主導権を逃し、ターナー、ハーパー、シュワーバーの上位打線が11打数1安打。
特にハーパーは「甘い球を打ち損じた」と唇を噛んだ。
シリーズはまだ第1戦。
だが、球場を出るファンの表情には、わずかな不安が漂っていた。
次戦、第2戦。
勢いを得たドジャースが一気に流れをつかむのか。
それともフィリーズが、地元の誇りを懸けて巻き返すのか。
フィラデルフィアの10月は、まだ長い夜を抱えている。
コメント